大坂なおみとsacaiが拓く「日本のファッション」──“着る”ことは主張である
大坂なおみはInstagramでテニスプレイヤーとしての一面と同じ割合でファッションに関連する投稿をしている。そのほとんどが彼女自身が選び組み合わせたカジュアルな私服やラグジュアリーな装いのスナップだ。
彼女たちに主張をさせている社会のほうこそ変えていくべきだ。
culture
2021/06/25
執筆者 |
中村睦美
(なかむら・むつみ)

1993年生まれ。京都から琵琶湖近辺、東京に行き着き、現在スペルプラーツで編集業。大学院では中国貴州省の集落構造と居住空間について研究。

世界的なテニスプレイヤー、ファッショニスタとしての一面

2018年6月、ウィンブルドン選手権★1のパーティでの様子が大坂なおみ選手本人のInstagramとTwitterで公開された。

そこには、深い青に色鮮やかな花柄があしらわれたロングワンピースを颯爽と着こなした大坂が立っている。このワンピースは、デザイナー阿部千登勢(あべ・ちとせ)によるsacaiの2018年SSコレクションのもの。当時、日本国内でもファッショニスタの間で話題を集めた。

Sacai | Spring Summer 2018 Full Fashion Show | Exclusive

また、ショルダーフリルとストレートラインが印象的なコム・デ・ギャルソンのホワイトワンピース姿を、2018年全米オープンシングルス優勝時のフォトセッションで見せた。

そして大坂はInstagramでテニスプレイヤーとしての一面と同じ割合でファッションに関連する投稿をしている。そのほとんどが彼女自身が選び、組み合わせたカジュアルな私服やラグジュアリーな装いのスナップだ。普段着、スポーツウェア、ラグジュアリー、あらゆるジャンルを自在に組み合わせ、“服に着られる”ことなく、自らの意思で着て突き抜ける。そんな印象をいつも受けている。

プリントスウェットとデニムにルイ・ヴィトンのニットマフラーを頭に巻いたスタイル。

「NARUTO -ナルト-」のロングTシャツに足元はコム・デ・ギャルソン×ナイキ×NaomiOsaka。

大坂は日本人デザイナー前田華子によるADEAMのファンを公言しており、自らラフデザインを施したラインを、2020年のニューヨークファッションウィークのランウェイで披露した。

大坂なおみ、sacai、「日本のファッション」

さて、2019年9月にNikeとsacaiの第2弾コラボレーションのコレクションが発売され、モデルのひとりに大坂が起用された。ここでようやく(?)公式に大坂なおみとsacaiが交わることとなった。数種類のウィンドブレーカーが複雑に折り重なった、躍動感にあふれるウェアに、足元はNikeの代表的なラインである「ペガサス」と「ヴェイパーフライ」がミックスされたランニングシューズ。sacaiの縦横無尽なハイブリッドと、大坂が見せるクールなラインだ。

Screenshot/Nike News

大坂は自身のファッションへの思いについて、以下のように話している★2。

 

「ファッションに特別な情熱を持っている私は、原宿や渋谷でショッピングをすることが大好き。私自身のスタイルは日本人デザイナーや日本のファッションにものすごく影響を受けている。リスクを恐れず、大胆なファッションを試すことが好きなのは、間違いなく日本の影響です。」

大坂が影響を受けたと言う日本のファッション。それは、華麗なモデルに合わせたデザインをもってパリコレを主舞台とするヨーロッパ中心的な服飾とは対照的なものであり、突如周縁から生まれたストリートファッションがもつ大胆な創造ではないだろうか。

 

ここで、「『ストリートファッション』の再解釈」★3と評されるブランドsacaiを取り上げたい。

日常とsacaiの誕生と

MonclerやおなじみのNike、そして2021年6月にはDiorとのコラボを発表したばかりのsacaiは、今や世界的に展開を広げている日本発ブランドのひとつである。MA-1、ニット、プリーツ、ダウンジャケット、鮮やかなテキスタイル……。幾多の素材を掛け合わせた服は「ハイブリッド」なスタイルとして定着している。そのブランドコンセプトは意外にも「日常の上に成り立つデザイン」という。

 

sacaiのデザイナー阿部千登勢は、大手アパレルメーカーで勤務後、DCブランドブームの渦中である1989年にコム・デ・ギャルソンへ渡る。「ジュンヤワタナベ・コム・デ・ギャルソン」の立ち上げにも参画し、黒の衝撃以来業界の先端を走る多忙で華々しいブランドの世界で活動していた。

しかし1997年、結婚を経て出産を控えた阿部は、コム・デ・ギャルソンの現場から退く決断をする。これまで自身のすべてであった仕事に没頭する日々から一転し、家で子どもと向き合う毎日が続いた。きっと今以上に出産は女性がキャリアを断たざるをえない転機として社会が成り立っていたのだろう。当時を振り返る阿部のインタビュー★4からは、(子どもへの愛と共存する)仕事を失い家にひとり残された悲しみが、じわりと滲み出ている。

そんな折に阿部は「せめて今家でできることを」と、家のリビングを制作の現場にして、数千円の原価で5型のニットを作った。それは純粋なニットではなく、布帛やブラウスの生地がミックスされたものだ。子どもと向き合う日常の先で、少しの素材と少しばかりの時間とアイデアを机の上に広げ、1999年にsacaiのファーストコレクションは生まれた。「『ストリートファッション』の再解釈」と言われながら、阿部にとってはストリートよりもはるかに周縁であったかもしれない家の中が、sacaiの始まりだった。

「阿部さんは作った服を全部自分で着てみるとおっしゃっていましたよね。自分がしっくりくるかどうかで判断するのでしょうか。」

「そうですね。生活環境や年齢など、自分自身のいろいろなことがサカイに反映されているかもしれないです。私の変化がサカイの変化なんです。」★5

sacaiという名は阿部の旧姓に由来する。ブランドに彼女自身の生き様を刻みつつも、その日常は刻々と変化するものである。ブランド自体も変わり続け、それでもつねに着る側に立つ姿勢は忘れない。

大坂なおみと阿部千登勢の発信に私たちは何を学ぶ?

「このコラボレーションを通して、自分にとって特別な服を着るということは、自身の内なる強さや自信を引き出すことだということを伝えたい。今、グローバルレベルで影響力を持つ日本人女性が増えているのは、とても素晴らしいことだと思います。」★6

「私にとってファッションは、自分の個性を表現する手段のひとつです。誰もが違う服を着て、自分の主張をすることができるのというのは、とても力強いこと。だから私は、他の人が持っていないものを着るのが好きなのかもしれません。」★7

阿部千登勢のクリエイションや、大坂なおみが小さな正方形のタイムライン越しに発信するファッションに、私たちはいつも驚かされ、“服を着る”ことへの希望をもらっている。異常なまでの同調圧力や、あなたの着たいものはすべて把握していますよと言われているような、広告の渦にさらされた時代を生きる私たちにとって、着たい服を着ることですら息苦しい社会である。大胆な方法でなくても、着ることの主張を少しずつ、連帯させていきたいと思う。

 

その一方で、阿部や大坂がかつて経験し、もしかしたら現在も戦っている状況がある。女性が周縁化されるなかで、彼女たちに先頭を切ってオピニオンを発する役目を負わせている社会のほうを、彼女たちを敬愛する私たちもまた、変えていくべきなのだ。

★1──イギリス・ロンドンのウィンブルドンで開催される、テニスの4大国際大会のひとつであるウィンブルドン選手権(ほかの3大会は、全豪オープン、全仏オープン、全米オープン)

★2──「大坂なおみ選手寄稿『3つの文化、融合したのが私』」(「日本経済新聞」2021年4月8日)

★3──『ファッション イン ジャパン──1945-2020 流行と社会』(青幻舎、2021)

★4──「そのときできる最高のことを 阿部千登勢さん」(「NIKKEI STYLE」2013年8月25日)

★5──「sacai 阿部千登勢 × UNDERCOVER 高橋盾が初対談。10.20 モードが東京を再び熱くする。」(「VOGUE」2017年10月13日)

★6──「コラボ第2弾がもうすぐ発売! 阿部千登勢が語る「サカイ×ナイキ」のケミストリー。」(「VOGUE」2019年8月28日)

★7──Alyssa Kelly, “Tennis Star Naomi Osaka Talks Fashion and Activism On and Off the Court”, L'OFFICIEL, JANUARY 27, 2021

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2021/06/25
執筆者 |
中村睦美
(なかむら・むつみ)

1993年生まれ。京都から琵琶湖近辺、東京に行き着き、現在スペルプラーツで編集業。大学院では中国貴州省の集落構造と居住空間について研究。

写真 | Naomi Osaka | Break the Mold | Nike SCREENSHOT / YouTube(https://www.youtube.com/watch?v=I36w5mA6qQo)
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