議論したくない大学生
ああ、議論するのはしんどい、という結論にいたる。そのような心情に陥るのは、あなただけではない。社会正義やアクティビズムに関心が高いとされるアメリカのZ世代でさえ、どうやら同様に、議論を避けたい気持ちを抱いているようだ。
久しぶりに会った友達が突然政治の話を始めたら、あなたはどうする?
politics
2021/05/14
執筆者 |
elabo編集部

久しぶりに会った友達が、突然、政治や社会問題の話を始めたら、あなたはどうするだろう。まったく関心がないわけでもない、でもとんちんかんなことを言いたくはない、さらに、重大なトピックについて話をしている友達のいつもより居丈高な感じにちょっとした違和感を覚えている自分もいる。そんなふうにいろいろな想いが心をよぎった結果、ああ、議論するのはしんどい 、という結論にいたる。そのような心情に陥るのは、あなただけではない。社会正義やアクティビズムに関心が高いとされるアメリカのZ世代でさえ、どうやら同様に、議論を避けたい気持ちを抱いているようだ。

 

クラスメートを不快にしたくない

アメリカの大学生の過半数が、授業中に、政治や人種などに関して議論をすることに躊躇いを感じると回答したことが、非営利団体HeterodoxAcademyの最新の報告書によって明らかになった★1。この調査は、アメリカ国内の大学に在籍する18歳から24歳までの学部生1,500人を対象に、2020年9月22日から11月3日の間に、大学人口全体の性別と人種の構成を反映する形で行われた。つまり2020年の大統領選挙直前の全米の大学生の心理を反映したものだと言える。

 

顕著な特徴として3つのポイントを挙げることができる。第一に、学生が議論を忌避したい最大の理由は、教員からの評価ではなく、クラスメートに不快に思われることであった。報告書によると、質問用紙に挙げられた、政治や人種や宗教に関する複数の論点のうち、少なくとも一点について議論することをためらうと答えた学生の60%は、クラスメートが自分の意見を不快に思うのではないか心配していると答えている。これに対して教員が「私の意見は間違っていると言うのではないか」、「私の意見を不快だと批判するのではないか」と心配している学生は約30%に過ぎなかった。

 

マジョリティのほうが発言しにくいという現実

第二の特徴として、議論することにためらいを感じているのは、自身をリベラル/革新ではなく保守とみなす学生のほうに多く、また、社会的にマイノリティのグループに属する学生よりも、マジョリティグループに属する学生のほうが多かった。政党別で言えば、共和党支持の学生は、民主党支持の学生よりも、政治、人種、ジェンダー、性的志向、ブラック・ライブズ・マター(BLM)について語ることを躊躇すると答えている。また、白人の学生の30%が「人種について話したくない」と答えたのに対し、黒人の学生は17%、ヒスパニック系やラテン系の学生は19%であった。非常に興味深いのは、アジア系の学生については27%が「人種について話したくない」と回答ている点で、その割合は白人に近い。アジア系が白人と同様に数的に多数であるとは考えがたく、この辺りにアジア系のアイデンティティの作り方が見え隠れすると共に、アジアンヘイトやモデル・マイノリティの問題★2とも重なり、考えさせられる。

 

行き過ぎたキャンセルカルチャー

調査結果によれば、多数派のグループが議論することをとくに嫌がるのは、人種やBLMに関連することだとされているが、彼らはけっして人種的不平等を支持しているからではなく、「少しずれた」ことを言ったり、「情報に基づいていない」コメントをしてしまうことを心配しているのだと言う★3。 このように、社会的マジョリティが、他者を不快にしたくないという思いから、自己検閲によって発言を抑圧されているという問題は、調査を行った非営利団体Heterodox Academyが一貫して取り組んでいる課題である。この問題は昨今、異常な高まりを見せているキャンセル・カルチャーと密接に関係している。キャンセル・カルチャーとはボイコット運動だ。2000年代に始まった当初は、マイノリティに対する暴力を告発し、抑制するために、過ちを犯したマジョリティ側の製品を買わない、当該の人物の仕事をキャンセルするなどの仕方でリベラル支持者に実践されていた運動だった。#MeTooを筆頭に、これらのリベラル主導の運動を「キャンセル・カルチャー」と呼んで熱心に批判しているのは主に保守派である★4。しかし、近年、この種のボイコットがエスカレートするなかで、リベラルによるリベラル叩きが加速し、保守派はそれを魔女狩りのようだと嬉々として非難し★5、リベラルサイドもさすがに行き過ぎだと警鐘を鳴らす機会が増えている。

 

とくに由々しき事態としては、大学のような言論の自由が最大限保証されるべき場所においてさえ、思想信条に基づく排除に近いことが起こるようになった[sp4] ことである。有名なところでは、過去に気候変動やジェンダーの多様性に関する科学者の議論に対し、イデオロギーが強すぎると批判したカナダ人心理学者、ジョーダン・ピーターソン[sp5] がケンブリッジ大学の客員研究員をキャンセルされたという出来事が2019年に起き、注目を集めた★6。 2020年以降は、BLMへの批判が、それが例えば運動の組織や方法に対するものであっても、即、人種差別とみなされるようになっていると言われる。このように原理主義的とさえ言えるほど加速したクリティシズムが、学生の心理にまで波及した結果が、白人、保守、マジョリティ学生の言論抑圧として現れているのは間違いがないだろう。

 

ますます選ばれにくくなる人文系

第三にこの調査結果で注目すべき点は、この調査の被験者には人文科学を専攻している学生が少数しか含まれていないということである。調査対象となった学生の専攻は多い順に以下の通り★7。

ビジネス=14.6% 

その他=14.3%

社会科学=12.0%

生物科学=9.8%

工学=11.8%

芸術=6.9%

教育=5.8%

人文科学=4.3%

物理科学=4.1%

数学/統計=2.1%

政治学者のエヴァン・ゲルツマンはこの点に注目し、人種や政治など社会正義に関するトピックを中心とする人文科学や社会科学ではなく、ビジネスや自然科学を専攻する学生が多数を占める今回の被験者においてでさえ、6割が議論を忌避しているという事実に注意を喚起している★8。要するにビジネスや理系専攻の学生さえ議論を躊躇しているのだとしたら、人文科学や社会科学の分野では、保守的な思想を持つ学生は一層自分の意見を示すことに消極的であることが容易に想像できると言うのだ。公開されているデータからはわからないが、保守的立場の学生が、最初から人文科学や社会科学を専攻しなくなっている可能性もあるだろう。

日本でも必要なリアルな議論の場

 

社会問題に関心が高く、政治的活動に積極的だと評されるアメリカのZ世代を対象とした以上の調査結果は、ある意味では、彼らが社会問題に強い関心を抱いているがゆえに生じている現象のようにも見える。翻って日本について考えるならば、個人が自分の意見を表明する習慣さえ十分に根付いていない状態で、SNSだけが十分に浸透し、それに伴ってキャンセル・カルチャーも欧米並みにネット上で興隆しているように見え、非常に悩ましい。つねに誰かが誰かを集団で糾弾しているネット空間に親しんだ若者が、他人に批判されることを恐れ、ますます発言を慎むようになること(すでになっているのかもしれない)が容易に推測されるからだ。クラスメートを不快にしたくないとリアルな対話の場を避けて、SNSで誰かと交流しようとしても、ネット空間とは自分と同じ考えばかりが反響するエコーチェンバーである★8。

言うまでもなく、このエコーチェンバーが急進化するキャンセル・カルチャーの原因でもあると同時に結果でもあり、両者は循環している。自分の意見に固執させ、対立や分断が生まれやすいように設計されたネット空間の存在を前提に、社会を少しでも健全で前向きなものにするためには、やはり異なる意見を尊重し合う、リアルで安全な議論の場が必要である。そのような場所を実現する努力が、とりわけ人文科学や社会科学などの学問領域の関係者に、かつてないほど求められているのは間違いがない。

★1──Mel Stiksma “Understandingthe Campus Expression Climate: Fall 2020”, Heterodox Academy, 2021.

★2──鎌田華乃子「『モデルマイノリティ』という存在。黒人差別に知らずに日本の私たちも“加担”している現実」(「BUSINESS INSIDER」2020年7月1日)

★3──Greta Anderson,“Students Disengage FromControversy” in INSIDER HIGHER ED, MARCH 4, 2021.

★4──「トランプ氏、彫像の撤去など『キャンセル・カルチャー』と非難 ラシュモア山で」(「BBC NEWS Japan」2020年7月4日)

★5──David Rutz “Teen Vogue editor becomes latest cancel culture victimafter staffers' revolt over decade-old tweets” in FOXNEWS MARCH 18, 2021.

★6──Sarah Marsh “Cambridge University rescinds Jordan Peterson invitation” in The Guardian, MARCH 20, 2019.

★7──“Understanding the CampusExpression Climate: Supporting Documentation: Methodsand Descriptives”, Heterodox Academy, 2021.

★8──Evan Gerstmann, “Most College Students Don’t Want To Discuss Views On Politics, RaceAnd Other Controversial Issues On Campus”, in Forbes,16 MARCH, 2021.

★9──「『偏見の部屋』出られるか──変えられた政治観」(日本経済新聞、2019年6月24日)

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2021/05/14
執筆者 |
elabo編集部
写真 | 森岡忠哉
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