ジョナサン・ハイト(Jonathan Haidt)
1963年生まれ。社会心理学、道徳心理学、ポジティブ心理学。ニューヨーク大学ビジネススクール教授(倫理学リーダーシップ)。2001年、ポジティブ心理学テンプルトン賞受賞。主な著書=『しあわせ仮説』(藤澤隆史+藤澤玲子訳、新曜社、2011/原著=2006)、『社会はなぜ左と右にわかれるのか──対立を超えるための道徳心理学』(高橋洋訳、紀伊國屋書店、2014/原著=2012)、Co-written with Greg Lukianoff, The Coddling of the American Mind, Penguin Press, 2018. など。
twitter: @JonHaidt
トビアス・ローズ=ストックウェル(Tobias Rose-Stockwell)
ニューヨーク在住のデザイナー、ライター、技術者。テクノロジーが道徳的感情、メディア、市民のコンセンサスに与える影響などを研究。Hachette Book Groupと共同で、これらの問題と、自由民主主義国家の将来にとっての意味をテーマにした本を執筆中。
twitter: @TobiasRose
仮に、聖書の天地創造の物語が真実だったとしよう。神は6日間で宇宙を創造し、その宇宙のなかには物理学の法則や宇宙に適用される物理定数がすべて含まれていた。21世紀初頭のある日、神が退屈しのぎに、面白半分で重力定数を2倍にしたとする。そのような変化のなかで、生存するということは、一体どうなるのだろうか? 私たちは床に向かって引っ張られ、多くの建物が崩壊し、空から鳥が落ちてくるだろう。また、地球は太陽に近づき、現在よりはるかに高温の領域で軌道を確立することになるだろう。
この思考実験を、物理的な世界ではなく、社会的・政治的な世界でやり直してみよう。アメリカの憲法とは、インテリジェント・デザインの実践だった。建国の父たちは、それまでの民主主義国家の多くが不安定で短命であったことを知っていた。しかし、優れた心理学者であった彼らは、これまでの多くの自治の試みを引き裂いてきた力に対抗するために、人間の本性に働きかけるような制度や手続きを作ろうと努力したのだった。
例えば、ジェームズ・マディソンは「ザ・フェデラリスト 第10篇」のなかで、「派閥」の力に対する恐れを書いている。「派閥」とは、強い党派性や集団の利益を意味し、それは「相互の反感を煽り」、共通善を忘れさせてしまう。マディソンは、アメリカの広大な国土は、派閥主義の弊害に対するある程度の防護になるのではないかと考えた。なぜならこれほどまでに遠い距離を超えて、怒りを伝播することは誰にとっても不可能だと思われたからだ。マディソンは、党派心が強く分裂を志向する指導者たちは、「特定の州内で火をつけることはできても、ほかの州に全体的な火炎を広げることはできないだろう」と推測した。憲法には、物事の進行を遅らせ、情熱を冷まし、反省と熟考を促す仕組みが盛り込まれているのである。
このマディソンの設計は、長く持ちこたえた。しかし、21世紀初頭のある日、社会生活や政治生活の基本的なパラメータを10年以上にわたって変化させる技術が登場したら、アメリカの民主主義はどうなるだろうか。そのテクノロジーが、「相互の敵意」の量と、怒りの広がるスピードを大幅に増加させたとしたらどうだろう。私たちは、ビルが崩壊したり、鳥が空から落ちてきたり、地球が太陽に近づいたりするのと同じようなことが、政治において生じるのを目撃するかもしれない。
アメリカは、今まさに、そのような時代を迎えていると言えるだろう。
Facebookの初期のミッションは、「世界をよりオープンに、より繋がったものにする」ことだった。ソーシャルメディアの黎明期には、世界的に繋がり/コネクティビティが大幅に向上することは、民主主義にとって良いことだと多くの人が考えていたのである。しかし、ソーシャルメディアが成熟するにつれ、楽観的な見方は薄れ、すでに知られた、あるいは疑わしい実害が増えてきた。つまり、ネット上(多くの場合、匿名の他人同士)の政治的議論は、実生活における議論よりも怒りっぽく、礼節を欠いたものとして経験された。党派のネットワークは、ますます過激になる可能性のある世界観を共同で作り出した。偽情報キャンペーンが盛んになり、暴力的なイデオロギーが新たな兵士を勧誘することになった。
問題は、繋がることそのものにあるのではなく、ソーシャルメディアが、多くのコミュニケーションを、公共の場でのパフォーマンスに変えてしまうことにあるのかもしれない。私たちはしばしば、コミュニケーションを、パートナーが交代で、お互いのジョークに笑い、相互に情報を開示することで、親密になっていくような、双方向の道のようなものだと考えている。しかし、その通りの両側に観覧席が設置され、その席を埋め尽くした友人、知人、ライバル、見知らぬ人たちが皆、判断を下したりコメントをしてきたら、どうなるだろうか。
社会心理学者のマーク・リアリーは、他人から見た自分の状態を刻々と伝える心の計器を「ソシオメーター」という言葉で表現した。リアリーによれば私たち人間は、自分のために評価を必要としているわけではない。むしろさまざまな人間関係において、他者から望ましいパートナーとして見てもらうことが、進化上の必須条件なのだ。ソーシャルメディアは、「いいね!」や「友達」「フォロワー」「リツイート」などを表示することで、私たちのソシオメーターを、プライベートな思考から引き離し、誰もが見られるようなかたちで公にする。
プライベートな会話のなかで絶えず怒りを表現していたら、友人はあなたを「面倒なやつ」だと思うだろう。けれども、観客がいる場合、怒りの見返りはそれとは異なったものになる。激怒することは、あなたのステータスを高めることになるのだ。ニューヨーク大学のウィリアム・J・ブラディーらによる2017年の研究では、50万件のツイートのリーチを測定した結果、道徳的〔訳注:ハイトはこの言葉を「善い・悪いについての直感的判断を引き起こす」という意味で用いている〕、感情的な言葉が使われるたびに、ツイートの感染力が平均で20%増加することがわかった。ピュー・リサーチ・センターによる2017年の別の研究では、「怒りに満ちた意見の相違」を示す投稿が、Facebook上のほかの種類のコンテンツに比べて、「いいね!」や「シェア」などのエンゲージメントが約2倍になることが示されている。
哲学者のジャスティン・トシとブランドン・ヴァームケは、公共の場で自分の名声を高めるために〔訳注:人々の善悪の判断に訴えかける〕道徳的な話をすることを「道徳的大言壮語(moral grandstanding)」という便利な言葉で表現した。疑り深い聴衆に向けて次々とスピーチを繰り出す演説家のように、各人が自分より先に演説した者を凌駕しようと努力することで、いくつかの共通したパターンが生まれてくる。大言壮語のスタンドプレーヤーは、「道徳的な告発をでっち上げたり、世間に恥をかかせたり、自分に反対する人は明らかに間違っていると発表したり、感情的な表現を誇張したりする」傾向がある。視聴者の承認を得るための競争では、ニュアンスや真実は犠牲になる。大言壮語のスタンドプレーヤーは、対立する相手が話す言葉、時には友人が話す言葉でさえそのすべてを、大衆の怒りを引き起こしうるかどうか吟味している。こうして文脈は崩壊する。そして、発言者の意図は無視されてしまうのだ。
人間は、噂話をしたり、見栄を張ったり、操ったり、仲間はずれにしたりするように進化してきた。私たちは、残酷で浅はかな人間になる可能性があるとわかっていても、この新しい剣闘士のサーカスに簡単に誘いこまれてしまう。イェール大学の心理学者モリー・クロケットが主張しているように、反省によって冷静になる、恥をかかされている人に共感するなどの、怒りの暴徒に加わらないように働く通常の力は、相手の顔が見えない場合や、誰かを非難する発言に対して「いいね!」を押して公に味方するように、1日に何回も求められている場合には、弱まってしまう。
言い換えるならば、ソーシャルメディアは、政治的に活動している最も活発な市民の多くを、マディソンの悪夢に変えてしまう。つまり、最も炎上しそうな投稿や画像を競い合って作成する放火魔たちが、自分の作ったものがどれだけ伝播したかを公的ソシオメーターで表示しながら、一瞬で国中に配信できるようになってしまったのだ。
ソーシャルメディアの始まりは、現在とはまったく異なるものだった。Friendster、Myspace、Facebookは、2002年から04年にかけて登場し、ユーザーが友人とつながるためのツールを提供した。これらのサイトは、ユーザーが自分の生活を高度に編集して投稿することを奨励していたが、怒りの伝染を引き起こすための、いかなる方法も提供してはいなかった。しかし、ユーザー・エクスペリエンスを向上させるために行われた一連の小さなステップが、ニュースや怒りをアメリカ社会に広げる方法を変えていったのである。ソーシャルメディアを修復し、民主主義への悪影響を軽減するためには、私たちは、この進化の内容を理解しようとする必要がある。
2006年にTwitterが登場したとき、その主なイノベーションはタイムラインだった。それは、140文字の連続したアップデートの流れで、ユーザーはそれを携帯電話で見ることができる。タイムラインは、情報を消費するための新しい方法であり、終わりのないコンテンツの流れは、多くの人にとって、消火ホースから止めどなく飲む水のように感じられた。
その年の後半には、Facebookが独自の「ニュースフィード」を立ち上げた。2009年には、「いいね!」ボタンが追加され、コンテンツの人気度を測る指標が初めて公開された。その指標とは、ユーザーがどの投稿を見るかを、予測される「エンゲージメント」(ユーザーが過去に「いいね!」をしたことを考慮して、ある投稿に反応する可能性)に基づいて決定するアルゴリズムだった。この革新的な技術は、消火ホースを調整し、キュレーションされた流れに変えた。
ニュースフィードのコンテンツのアルゴリズムによる順序付けは、信頼性の階層をフラットにした。エンゲージメントさえ得られれば、どんな制作者のどのような投稿でもフィードのトップに表示されるようになったのである。個人のブログ記事が『ニューヨーク・タイムズ』の記事と同じように扱われるようになり、「フェイクニュース」は後にこの環境のなかで栄えることになる。
また、2009年に「リツイート」ボタンが追加されたことも、大きな変化だった。それまでは、ユーザーは古いツイートをコピーして自分のステータス・アップデートにコピーアンドペーストしなければならず、その工程は、数秒の思考と注意を必要とする、ささやかな障害になっていた。リツイートボタンは、摩擦を介さないコンテンツの拡散を可能にするものだ。ワンクリックで誰かのツイートを自分のフォロワー全員に伝えることができ、伝染力のあるコンテンツの評価を共有することができるからだ。2012年、Facebookはリツイートの独自版である「シェア」ボタンを、急速に成長しているスマートフォン・ユーザーに提供した。
2012年と13年に、とどめの一撃が来た。Upworthyやほかのサイトが、これらの新しい機能セットを活用し始め、何十ものバリエーションで見出しをテストして、最もクリック率の高いバージョンを見つけるという技術を開発したのだ。これが思わずクリックしたくなるように、試験され、選択された画像とセットになった、「あなたは信じられないかもしれませんが……(You won't believe ...)」という見出しの記事とその類の始まりである。これらの記事は、通常は、怒りを引き起こすことを目的としたものではなかった(Upworthyの創業者たちの関心は、気分を高揚させることにあった)。しかし、この戦略が成功したことで、新旧のメディアを問わず、ヘッドライン・テストとそれに伴う感情的なストーリーとのパッケージの普及は確実なものとなり、その後数年間に渡って、怒りに満ち、道徳的な意味合いを強調されたヘッドラインが急増してしまった。『Esquire(エスクァイア)』誌のルーク・オニールは、主流メディアに起きた変化を振り返り、2013年は「私たちがインターネットを破壊した年(The Year We Brokethe Internet)」だと宣言している。翌年、ロシアのIRA(Internet Research Agency)は、党派的な対立を煽って、ロシアの目標を達成すべく、あらゆるメジャーなソーシャルメディア・プラットフォームのなかの偽アカウント・ネットワークを動員することにより、新たな「怒り製造機(outrageous machine)」を利用し始めた〔訳注:2016年の大統領選にロシアがIRAなどによる情報操作を行い、介入していたことを示唆している。アメリカの財務省はIRAを制裁対象にしている〕。
もちろん、今日の政治において、怒りの感情が高まっていることの責任は、インターネットだけに帰されるものではない。メディアはマディソンの時代から分裂を煽ってきたし、政治学者は今日の怒りの文化の原因の一部が、1980年代から90年代にかけて台頭したケーブルテレビとトークラジオにあることを認めている。このように、さまざまな要因がアメリカの二極化(polarization)を進めている。しかし、2013年以降のソーシャルメディアが、炎上を開始したいタイプの人間にとって、強力な促進剤になってしまったのは間違いがない。
ジョナサン・ハイト(Jonathan Haidt)
1963年生まれ。社会心理学、道徳心理学、ポジティブ心理学。ニューヨーク大学ビジネススクール教授(倫理学リーダーシップ)。2001年、ポジティブ心理学テンプルトン賞受賞。主な著書=『しあわせ仮説』(藤澤隆史+藤澤玲子訳、新曜社、2011/原著=2006)、『社会はなぜ左と右にわかれるのか──対立を超えるための道徳心理学』(高橋洋訳、紀伊國屋書店、2014/原著=2012)、Co-written with Greg Lukianoff, The Coddling of the American Mind, Penguin Press, 2018. など。
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トビアス・ローズ=ストックウェル(Tobias Rose-Stockwell)
ニューヨーク在住のデザイナー、ライター、技術者。テクノロジーが道徳的感情、メディア、市民のコンセンサスに与える影響などを研究。Hachette Book Groupと共同で、これらの問題と、自由民主主義国家の将来にとっての意味をテーマにした本を執筆中。
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