1973年ニューヨーク生まれ。専門は哲学・キリスト教思想。関西学院大学神学部准教授。東京大学21世紀COE研究員、南山大学人文学部准教授を経て、現職。編著書に『ディスポジション──哲学、倫理、生態心理学からアート、建築まで、領域横断的に世界を捉える方法の創出に向けて』(現代企画室、2008)、2017年にThe New School for Social Researchの心理学研究室に留学し、以降Moral Foundation Theoryに基づく質問紙調査を日米で行いながら、宗教などの文化的背景とマインドセットとの関係について、道徳的判断やリスク志向に注目し研究している。
Twitter @tami_yanagisawa
「なぜカニエのエゴは、煩わしくも、同時にインスパイアリングなのか」。2014年に音楽評論家のグレッグ・コットがBBCのWebマガジンに上記のようなタイトルの記事を書く以前も以降も、カニエ・ウェストは一貫して、人をげんなりさせつつ、同時にインスパイアリングな存在であり続けている。
ヒップホップ・スター。SNSを駆使するセレブリティ。白人女性とばかり交際する黒人男性。トランプ支持から一転して自ら大統領選に出馬。双極性障害であることも明らかにし、ここ数年はキリスト教福音派に傾倒し芸術的な宗教儀礼(Sunday Service)を行っていたカニエ。現代アメリカ社会の諸問題を強靭な肉体によって「全部乗せ」で引き受け、オリジナルな解答を叩き出してくる彼について、語るべきことは山のようにあるけれど、今回は、最新の動き、彼のファッションブランド「Yeezy GAP」からついに最初の商品「ラウンド・ジャケット」がリリースされたというニュースを取り上げてみたい。
カニエとGAPのコラボレーションライン、Yeezy GAPは、今から約1年前、2020年6月26日に発表された。 シカゴのGAPストアは、カニエの言葉が書かれたバナーで包まれ、新シリーズYeezyへの期待を効果的に演出した。
6月は彼の誕生月で、今回の「ラウンド・ジャケット」も彼の誕生日6月8日に発売された。セレブらしさを売りにしているカニエにはどこかミスマッチなのが微笑ましいけれど、彼は10代の頃に、GAPストアで販売員をやっており、2005年の時点でGAPのプロデューサー、「GAPのスティーブ・ジョブズ」「GAPのエディ・スリマン」になりたいと語っていた。この長年の野望のひとつが今回結実したことになる。
この1年の間、カニエのSNSからはその制作過程をシェアするような投稿が度々あったが、ファンやファッションの専門家たちは、特に「パーフェクト・フーディー」シリーズを楽しみにしていたようだ。GAPの大人用のフーディーは平均で約55ドル(約6,000円)。Yeezyは値段が高くて手が出ない、あるいはハイブランドのフーディーに何万円も出すのは馬鹿馬鹿しいと思っているファンにとって、今回のYeezy GAPの「パーフェクトフーディー」は、Yeezyのスタイルを比較的安価で楽しむ絶好の機会になることだろう。
カニエ自身、頻繁にフーディーを着ている印象があるが、彼のブランドYeezyもアスリージャー(スポーツウェアと普段着を兼ねたファッション)の可能性を大きく広げた点で、高く評価されている。しかもGAPは90年代に一世を風靡したものの、今はショッピングモールに行けば簡単に手に入る、アメリカン・クラッシック・カジュアルであり、カニエのセンスが、フーディーのみならず、GAPの定番であるチノパンやピーコート、コットンドレスなどにどのような変化を加えるのかは、予想しえないだけに、考えるだけで胸ときめくものがある。
加えて、今回彼が抜擢した共同デザイナー、モワローラ・オグンレシは、1995年生まれ(Z世代)、ナイジェリア出身の新進女性デザイナーだ。ナイン・インチ・ネイルズの音楽やゲームに影響されていると言うオグンレシの闘争的なデザインが、その真逆の精神を体現すると言っても言い過ぎではないGAPのようなブランドに、どのような魔法をかけるのか、この点でも今回のYeezy GAPへの興味は尽きない。実際、オグンレシの起用が発表され、GAP社の株価は40%近く急騰したそうだ。
ここ数日の間にも、カニエは、俳優、映画監督のブラッドリー・クーパーの元恋人のモデル、イリーナとの交際がパパラッチされた。また何よりも、販売を1年も待たされたファンに、完璧なフーディーのフルラインナップではなく、季節外れのダウン、「ラウンド・ジャケット」を1種類だけ、米国内だけで発売し、即完売させてしまったカニエは、相変わらず、人の気持ちを逆撫でする存在であり続けている。
しかし、そんなカニエは、同時に、ヒューマニスト、ではないかもしれないが、より良い世界を求める革命家なのだ。彼は、今回の「ラウンド・ジャケット」を環境に配慮した再生ポリエステルで作り、またYeezy GAPを米国製にすることによって彼のスタジオがあるワイオミング州に雇用を作り出そうとしている。
ルイヴィトンのようなハイブランドではなくGAPのプロデューサーになりたかったのも、子どもがお金を貯めないと創造的なものを手にできないという事態に反対だからなのだそうだ。
しかし、このように一つひとつ言葉にすると弁明のようにしか聞こえないポリティカル・コレクトネスではなく、やはりカニエのクリエーションが感じさせる、「何かまだ見ぬもの」への力強い予感こそが、彼を革命家であり、今時珍しいほどにアーティストらしいアーティストにしていると思う。
ここで、「elabo」というメディアにふさわしく、カニエが「Yeezy Gap」のために、抜擢した、Z世代のデザイナー、モワローラ・オグンレシの言葉を参照したい。
さまざまな社会問題が露わになっている2021年、言動にはますます、道徳的な正しさが求められている。そのことを念頭に置きながらも、何かを創造する行為にはつねに、現時点ですぐにわかる正しさとは異なる、未来の理想が先取られていることを軽んじたくないとも思う。
現在、グッゲンハイム美術館を筆頭に、米国の各地の有名な建造物に、「ラウンド・ジャケット」のイメージがプロジェクションされている。それは、すでに予約のみで完売し、発送の目処も立っていないために、誰も手にしていないという意味でも幻影である。カニエのクリエイションには、いつもこうした馬鹿馬鹿しさが伴われ、やはりどこか腹立たしい。しかし、それらを全てをふまえてもなお、カニエが与える予感のスケールの大きさに、深いリスペクトを感じる6月である。
1973年ニューヨーク生まれ。専門は哲学・キリスト教思想。関西学院大学神学部准教授。東京大学21世紀COE研究員、南山大学人文学部准教授を経て、現職。編著書に『ディスポジション──哲学、倫理、生態心理学からアート、建築まで、領域横断的に世界を捉える方法の創出に向けて』(現代企画室、2008)、2017年にThe New School for Social Researchの心理学研究室に留学し、以降Moral Foundation Theoryに基づく質問紙調査を日米で行いながら、宗教などの文化的背景とマインドセットとの関係について、道徳的判断やリスク志向に注目し研究している。
Twitter @tami_yanagisawa