MCメーガン・ジー・スタリオンが全ての女性に贈るエンパワメント──自分にふさわしいものを求め続けて
アメリカ合衆国でもっとも弱い立場に置かれている集団のひとつ=黒人女性に属しつつ、「私たちに失礼なヤツらにどうすべきか」を表現し続けているMC、それがMegan Thee Stallion(メーガン・ジー・スタリオン)である。
「そうね! 私には男の子は全然必要ないわ!」
culture
2021/07/02
執筆者 |
elabo編集部

私たちに失礼なヤツらにどうすべきか

私たちに失礼なヤツが多すぎる。きちんとした挨拶もせずに、突然タメ口で要件を一方的に言ってくる人。コロナ禍のスーパーマーケットやコンビニで、周囲のことも気にせず、どう考えても邪魔になる通路やレジ前で、ぼーっと突っ立って密な状態を作っている人。そういう無神経な態度だけでも十分論外なのに、社会の重要案件を決める場でも、女性やジェンダー規範における少数派にとって不利益な現状を、不利益だとわかったうえで「変える気がない」と断言する人たちが後を絶たない。そういう人の大半は、年長の男性であることが多いけれど、現実問題として私たちは、どうやって反撃するのがいいのだろう。アメリカ合衆国でもっとも弱い立場に置かれている集団のひとつ=黒人女性に属しつつ、「私たちに失礼なヤツらにどうすべきか」を表現し続けているMC、それがMegan Thee Stallion(メーガン・ジー・スタリオン)である。

メーガン・ジー・スタリオン(HOTSPOTATL, CC BY 3.0

2020年に「Savage」そしてCardi B(カーディB)とのコラボ作品「WAP」を大ヒットさせ、2021年のグラミー賞では、最優秀新人賞をはじめとする3つのグラミーを獲得したラッパーのメーガン。チャリティに熱心な彼女は、アトランタでアジア人女性を狙った銃撃事件が起きた際にはアジア系アメリカ人のためのNPOに寄付し、先週6月16日にも自身のファンの葬儀代を寄付したことで話題になっていた。そんな文字通り愛と勇気に溢れるメーガンは、6月11日に新曲「Thot Shit」をリリースし、ムカつくヤツへの反撃とは、いかに堂々とした、容赦ないものであるべきかを示してくれた。

「Thot Shit」のミュージック・ビデオは、ホラーな手法を得意とするフランスの気鋭の映像監督オーブ・ペリー(Aube Perrie)による。特に結末部分は放送コードギリギリの際どい表現ではあるが、なぜこのような表現をするのかについては後述するので、まずはご覧いただきたい。

私に男の子は全然必要ない

新人でありながら、もはやベテランのようなオーラを放つメーガンは、じつは1995年生まれのZ世代、若干26歳の女性である。アメリカ・テキサス州ヒューストン生まれの彼女は、地元テキサス・サザン大学で医療経営について学ぶ大学生でもある。終末期医療に特化した施設を経営するという幼い頃からの夢は、ラッパーとして大成功した現在でも変わることはないそうだ

メーガンが生まれてから8年間刑務所に入っていたという父親は15歳の時に亡くなり、彼女は母親と2人の祖母から大きな影響を受けながら育った。Holly-Wood(ホリー・ウッド)という名前で活躍していたラッパー、母・トーマスは、7歳のメーガンのラップを聴いた時から、2019年に脳腫瘍で他界するまで、彼女の親友でありマネージャーであった。大学を卒業することを確約させた母は、今でもメーガンが「お母さんならどうするか」と考えて助言を求めるメンターであり続けている。Big Mamaと呼ばれる2人の祖母のうちのひとりは、彼女に「自己を信頼すること(self-reliance)」の大切さを教え、もうひとりの祖母は「いつも優しくあること」を教えたと言う。そして母と祖母2人が共に、いつも語って聞かせたのは、メーガンが100%完璧であること、「あれが欲しいなら、それを寄こせ」と言ってくるような男は一切必要ない、ということだったそうだ

女性たちによるある種の女王教育を受けた幼いメーガンは、「そうね! 私には男の子は全然必要ないわ!」と語っていたらしいが、ここで私たちが改めて思い起こすべきなのは、アメリカ社会において被抑圧層である黒人社会のなかで、女性が弱い立場にいる(黒人のLGBTQはさらに過酷な立場にある)という事実である。メーガンの家庭もそうだったように、母子家庭の比率も高い。「私は自分の女系の親戚のために大学を卒業する」と彼女が言う時、その言葉には、周りの女性たちが彼女に託したもの、そしてメーガン自身が託されたものを正確に理解していることが表れている

男性ラッパーのセルフボーストを女性のものにすること

メーガンは、Juicy JやPimp Cのような南部の男性アーティストから、歌詞やサウンドのインスピレーションを得ていることを認めている。これらの男性ラッパーが得意とするセルフボースト(=自分に関する自慢)では、女性が頻繁に戦利品や性の道具とみなされている。そのため、ラップにはミソジニー(=女性嫌悪)が表れているとすでにさまざまな論者によって批判されてきた。しかし、母たちから受けた教育をふまえたメーガンは、こうした男性ラッパーのセルフボースト、つまり「自分が女の子に何をしようとしているのか、どれだけ自信があるのか、どれだけタフなのか」をラップで表現するのを聴いた時に、「自分もそれができるし、もっとうまくできる」と思ったのだと言う。そして「女の子がこれを言ったら、何かいいことになるんじゃないかしら」と考え、ラップを始めたのだそうだ。

2020年に大ヒットしたCardi Bとのコラボ作品「WAP」は、女性が、自らの肉体の価値や欲望について赤裸々に歌ったものだが、これも女性の側からの画期的なセルフボーストだったと言える。

「WAP」は、歌詞とミュージック・ビデオの内容が過激であることから、アメリカの保守派からの批判を浴び、またヒップホップのアーティストやリスナーのなかにおいてでさえも小さな論争を引き起こした。しかし、Cardi Bの夫、Migos(ミーゴス)のオフセットがいみじくも述べたように、「そもそもラッパーとして、俺たち(=男性ラッパー)も同じようなリリックをラップしてる」のであって、「あの曲には女性のエンパワーメントが込められているし、それを拒絶してはいけない」のだ。「WAP」の内容は初めから終わりまでセックスの話ではあるが、そこで歌われているのは女性が徹底して自らの悦びにおいて主導権を持つという態度についてである。その内容はポジティブそのものである。おそらく多くの人がその力強いメッセージに共感したからこそ「WAP」は大ヒットした。そして、その後のメーガンは、Cardiと同様に、セールス的にも賞レースにおいても、快進撃を続けている。

新曲「Thot Shit」

新曲「Thot Shit」は「WAP」以降、メーガンに寄せられた批判への応答であり、またそうした批判を行う白人男性至上主義への痛烈かつユーモアに満ちた反撃になっている。ミュージック・ビデオ冒頭で彼女が、共和党の知事と見られる、白人の老人男性に電話で告げる言葉は以下のようなものだ。

 

「お前がうっかり踏みつけようとした女性たちは、みんなお前が依存している人たちなんだ。彼女たちはお前の病気を看病し、お前の食事を作り、お前のゴミを回収し、お前の救急車を運転し、眠っている間、お前を守っている。彼女たちはお前の人生のあらゆる部分を支配しているんだよ。彼女たちに構うんじゃない!」★1

 

この過不足のないステートメントは見事としか言いようがない。彼女の言葉が前提としているのは、社会生活を支えるこれらのエッセンシャル・ワーカーの多くが有色人種の女性だという事実だ。ミュージック・ビデオでメーガンは、ゴミ収集車を運転し、看護師やウェイトレスになって踊り、フィジカルには大して強くもない白人の老人を追い詰めていくが、これも有色人種の女性をセクシャルな存在として見下している一部の白人至上主義者への反撃である。加えて、「Thot Shit」の後半に出てくる「私は、私を批判しようとするブログなんて気にしない。私はレコーディング・アカデミーに表彰された一流(the shit=最高のもの)なんだ」★2というセルフボーストは、「WAP」を批判した保守の論客ベン・シャピーロらへの応答になっていると言われている

ミュージック・ビデオのラストシーンで、女性器の形に整形された男性の口は何度見てもショッキングなものではある。ビデオの製作者側は、女性器をセクシャルな意味ではなく、身体の部分として表現することに挑戦したのだと言う。監督のペリーは、このような表現こそがメーガンなのだと語っている。つまりメーガンを批判する白人男性至上主義の保守論客や政治家は、メーガンたちのパフォーマンスを勝手に「セクシャルなもの」として捉え、批判してくる。しかし、メーガンからしてみれば、自分たちはお尻を振りたいから振っているのであり、それは「お前らのためではない」のだ。

メーガンのミュージック・ビデオやパフォーマンスに見られる、たくさんのお尻やトゥワーク(=お尻を振るダンス)に驚く日本人は多いかもしれない★3。しかし「自分にふさわしいものを求め続けてほしい」という彼女のメッセージは、ジェンダー平等の実現に向けて、膠着した状態に陥っている日本社会で生きる女の子たちを、大いにインスパイアし、力づける内容だ。以下、GQ(US版)で語られた彼女の言葉の一部をそのまま翻訳したい。

 

「私が、私たち自身に対して求めるのは、もっと要求し、もっと率直になり、話し続け、自分にふさわしいものを要求し続けてほしいということ。変えるのではなく、ただ良くなればいいのよ。このような状況から成長するの。今の状況について自分を責めてはいけない、なぜならそのことも多くの問題になってしまうから。私たちはこのような(困難な)状態を抱え込んでしまい、その責任を自分自身に向けてしまうところがあるような気がする。でも私たちはヘマをしたわけではないし、何か間違ったことをしたわけではないのよ。だから私が言いたいのは、「違うよ、ガールズ、リラックスして。あなたはただ、クールエイド(=粉末のジュースのもと)をかき混ぜてくれる人を必要としていただけなのよ」ってことなの。ラップをしていても、誰かと会話をしていても、私は、あなたが「まさしくビッチ〔原義は「あばずれ」だが、近年のスラングでは「強くてクールな女性」を意味する〕」であるように感じさせてあげるわ。だって、あなたはすでにビッチなんだから、それをかき混ぜて欲しいだけなのよ。水のなかにクールエイドを入れると全部底に落ちるでしょ。でも砂糖を入れて混ぜるとクールエイドになる。誰かがそれをかき混ぜてくれればいいだけなの。それが私よ。」★4

「かき混ぜる stirup」とは、いかにもメーガンらしい言葉遣いである。彼女の大胆な表現は、間違いなく人を混乱させるものである。けれど“stir up”に「煽動する」という意味があることからもわかるように、メーガンの言葉やパフォーマンスに駆り立てられた者たちは、きっと、まだ誰も見たことがないような反撃の手段を思いつくことだろう。

★1──The women that youaccidentally tryna step on, are everybody that you depend on. They treat yourdiseases, they cook your meals, they haul your trash, they drive yourambulances, they guard you while you sleep. They control every part of yourlife. Do not fuck with them.

★2──I don’t give a fuck ’bout a blog tryna bash me, I’m the shitper the Recording Academy.

★3──メーガンの「Savage」はTikTokでダンスが流行したことによって大ヒットした。しかし近年、黒人TikTokerのダンスを白人のTikTokerが模倣して流行させる、文化盗用が問題視されるようになり、「ThotShit」については、有名な黒人TikTokerがあえてこのダンスを踊らないボイコットを表明している

★4──Iwant us to demand more, be more outspoken, keep speaking and just keepdemanding what you deserve. Don't change—just get better. Grow from thesesituations. Don't be beating yourself up about these situations, because that'dbe a lot of problems too. I feel we keep this stuff in and there's some kind ofway we flip it on ourselves. We didn't fuck up—We didn't do something wrong,and it's like, ‘No, girl, relax. You just needed somebody to come stir theKool-Aid. …Even if it's me rapping or if it's me having a conversation withsomebody, I'm going to make you feel like you are that bitch. Because you'realready that bitch—you somehow just need it stirred up for you. It's like, whenyou put the Kool-Aid in the water and it all fall to the bottom. But when youmix it up with the sugar, now it's Kool-Aid. You just need somebody to stir itup for you. That's me.

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