圧倒的な芸は消費されない自分を作る──ヒコロヒー
私は最近、よくヒコロヒーという芸人をよく見ている気がする。とくに彼女が出演しているバラエティは、TVerやYouTubeで検索して見てしまう。
#ヒコロヒー #国民的地元のツレ #借金
culture
2021/09/15
執筆者 |
早希
(さき)

20歳。自由を愛する、生粋の大阪人。甘いものが嫌いで、辛いものが好き。自他ともに認めるAB型。

私は最近、よくヒコロヒーという芸人をよく見ている気がする。とくに彼女が出演しているバラエティは、TVerやYouTubeで検索して見てしまう。私自身はお笑いが好きで見るが、なかでもネタが好きなので、バラエティはあまり意識して見るほうではなかった。そんな私がなぜバラエティに出ているヒコロヒーにハマってしまったのだろうか。

男女逆転漫才

私が(おそらく)初めてヒコロヒーを見たのは、2019年のM-1グランプリの3回戦だった。当時は「ヒコロヒーとみなみかわ」というユニットでとても面白い、(私にとっては)なにか新しい、と思えるようなネタを披露していた。そのネタは以下のようなツカミで始まる。

みなみかわ「僕たち、日本に旅行しに来たアジア人カップルじゃありませんよ」
ヒコロヒー「何ですか? そのシャバいツカミ。なんか『横に女芸人置いてるから見た目でもイジっとこか』みたいな安直なシャバい魂胆、見え見えっすよ」
みなみかわ「芸人だったらイジられるポイントあったほうがええやないか」「特に女芸人ならイジられるポイントあったほうが良いでしょ?」
ヒコロヒー「男芸人がわけの分からん決めつけをしてるから、女芸人は今どうなってると思ってるんですか? ブスと不思議ちゃんだけになってる」

ヒコロヒーとみなみかわの漫才に反響「女芸人に降りかかる煩わしさ」(「Wezzy」2020年6月17日)

ネタは、「男芸人みたいな女芸人」をヒコロヒーが演じ、「女芸人みたいな男芸人」をみなみかわが演じる、例えるなら男女逆転漫才だった。

このネタはかなり物議を醸したようで、ヒコロヒーはこれをきっかけとしてテレビに出ることも多かったようだ。またWebメディア「VoCE」の取材で、今までジェンダーギャップをネタにしたことはあっても、そのことを明言する人がいなかったことについてどう思うか、という問いについて、彼女は以下のように回答している。

「『あ、みんなしてなかったんや』っていうくらいの感じですかね。変にひるまなくていい話じゃないですか、本来は。そこをひるんで隠してしまう話にするという発想自体がなかったです。自分とみなみかわさんの漫才も、あきらかにジェンダーバイアスからきているし、隠そうとか違う言い方をしようということは思ってもみなかったことで。笑ってもらえたらそれでいい、っていう感覚でした」

【芸人ヒコロヒー】「ジェンダーギャップをネタにした」と明言した理由(「VoCE」2021年5月14日)

また、テレビウォッチャーでコラムニストの飲用てれび氏は、ヒコロヒーについて、以下のように語る。

「一方で、彼女は自身のネタについて、『世間へのメッセージはひとつもないです』『私が勝手に腹立ってるだけっていう。それを見てくださったみなさんが共感していただいて、わかるわかるって笑っていただけたら、まぁまぁラッキーかな、ぐらいなもんで。世直しなんてひとつも思わない』(『お笑い実力刃』テレビ朝日系、2021年7月14日)とも語っています。
 彼女が日常で感じる不満をテーマにしつつも、それをメッセージにまでは高めない。問題提起をしつつも尖りすぎないそんなスタンスが、世間的にちょうどよく、共感を呼んでいるのかもしれません」

芸歴10年でブレイクのピン芸人ヒコロヒー、時代と合致した笑いの魅力(「Newsポストセブン2021年8月30日」)

女である以上に芸人であろうとする

お笑いの世界は男社会のように見えるが、関西では、例えばハイヒールや海原やすよともこがお笑い芸人(漫才師)として成功している例がある。彼女たちのお笑いは、女であることを捨てるようなものではなく、むしろ女であるからこそできるお笑いである。また、女芸人の位置づけも時代とともに変化している。以前は、体を張り、容姿いじりもネタになり、それで笑いを取ることも多かったが、最近はそのようなお笑いは少なくなっているように感じる。

同時に、私は女芸人という言葉に違和感を持っている。女芸人という言葉があるなら、男芸人も当然にあるべきだと思うが、実際にそれを見る機会は少ない。「THE W」という大会も、賞レースの機会が増えることは芸人としてはプラスになる。しかし、お笑い好きとしては、お笑いの世界が実力主義であるからには、男女の区別はするべきでないないし、してほしくないという思いもある。ヒコロヒーの魅力は、ジェンダーバイアスをネタにし、「女芸人」であること前提にしつつも、ジェンダーを自分の中心に置いていない点にあるのかもしれない。

私はヒコロヒーのカッコ良さが好きなのだと思う。学生時代に周りとつるまない一匹狼の子がカッコ良く見える現象と同じようなものではないだろうか。私は、お笑い界において、自分の個性によって、自分の地位を確立しようとする姿に惹かれる。

例えば、彼女は、YouTube で「ヒコロヒーの金借りチャンネル」という、あらゆる手を使って、知り合いにお金を貸してもらえるかどうかという企画を本気でやっている。私は借金に対してマイナスなイメージを持ってしまうが、それをエンタメとして大真面目ですることは、常識はずれでかっこいいと思う。しかも、お金を借りるために、彼女自身がどれほど素晴らしい人間で、今後成功する可能性を秘めている女か、ということをプレゼンしている。お金を借りるための交渉術も、見事としか言いようがなくて、私はそれが面白くて笑ってしまう。

【返済】矢口真里さんにお金を返しにいくはずが、ヒコロヒーがゴネまくり! /ヒコロヒーの金借りチャンネル/YouTube

自分にしかできないものを作りたい

彼女は自身のキャッチコピーを「国民的地元のツレ」と言っているように、ツレだから共有できるユルさがあるように思える。私は、このユルさこそが、彼女のことをありのままに受け入れられる理由だと考えている。彼女は、単なる女芸人でもなく、単にジェンダーに関して何か言いたい女性でもなく、自分にしかできない面白さをひたすらに追及するまさに芸人である。

「私は、もちろんMCとかもあればやりたいですし、「売れた」っていう状態になってみたいと思いますけど、それよりは、自分にしかできないものを作って、いかにそれを愛してもらうかってことに興味があるし、全体的にそういう風になっていくのかなと思います。皆がいいと思うものを取り合うのではなく、それぞれがいいと思うことを確立していくことに価値が出てくると思うので。今のところは、ものを作って、形にして、みていただいてっていうところをもっと突き詰めたいなというほうがしっくりきますね」

【芸人ヒコロヒー】「ジェンダーギャップをネタにした」と明言した理由(「VoCE」2021年5月14日)

時代とともに変化するお笑いの需要に、うまく対応できる人が生き残るシビアなお笑いの世界。そのなかで、あくまでも等身大の自分として、面白いことを追求する姿勢こそが、ヒコロヒーの強みなのではないだろうか。彼女の魅力は、鋭い発言、独自の世界観のカッコよさや、ぶっとんでいることを全力でする面白さなどの多面性だと思う。私はこれからもヒコロヒーが切り開く道をとても楽しみにしている。

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2021/09/15
執筆者 |
早希
(さき)

20歳。自由を愛する、生粋の大阪人。甘いものが嫌いで、辛いものが好き。自他ともに認めるAB型。

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