『仮面ライダー鎧武/ガイム』が描く「変身」──「理由なき悪意」を背景に生きる私たち
特撮は子どもだけではなく、大人も楽しめるものであり、平成以降その勢いは再熱している。私は特撮が世代を超えて受容される理由のひとつは、作品に登場するヒーローがどうしようもない現実に立ち向かうための勇気とヒントをくれるからだと思っている。
#仮面ライダー鎧武 #平成ライダー
culture
2021/09/20
執筆者 |
木々海々
(ききかいかい)

水瓶座。いろいろなエンタメをつまみ食いしている。座右の銘は「共感より共存だ」。

「大人のための変身ベルト」として、ハイクオリティな『仮面ライダー』シリーズの変身グッズ「コンプリート・セレクション・モディフィケーション(CSM)」シリーズが販売されたり★1、特撮好きのOLが主人公の漫画『トクサツガガガ』(小学館、2014〜2020)が実写ドラマ化されたりなど★2、特撮は子どもだけではなく、大人も楽しめるものであり、平成以降その勢いは再熱している。たしかに、キャラクター設定や作劇は大人も満足できるクオリティのものが多いと思うし、過去の各シリーズには現在テレビドラマ、映画、舞台などで活躍する有名な俳優も数多く出演しているから、キャスティングを楽しむという見方もあるだろう。

しかし私は特撮が世代を超えて受容される理由のひとつは、作品に登場するヒーローがどうしようもない現実に立ち向かうための勇気とヒントをくれるからだと思っている。私にそのことを教えてくれたのが、『仮面ライダー鎧武/ガイム』であった。

2013年から2014年にかけて放送された特撮ドラマ『仮面ライダー鎧武/ガイム』(以下、『鎧武』と記す)は、2019年に舞台『仮面ライダー斬月──鎧武外伝』、2020年にはWebドラマ『鎧武外伝 仮面ライダーグリドンVS仮面ライダーブラーボ』といった複数のスピンオフが製作されるなど、本編のテレビ放送終了から7年経過した2021年現在でも根強い人気を集めている。

この作品は、「ヘルヘイムの森」と呼ばれる異世界によって蝕まれる世界で、ひょんなことからアーマードライダー★3に変身する能力を手に入れた心優しい青年・葛葉紘汰(かずらば・こうた)や誰にも屈しない強さに固執する青年・駆紋戒斗(くもん・かいと)らが、世界を思うままに変えることができる力を持つ「黄金の果実」を求めて世の中の理不尽への戦いに挑んでいく物語である。若者たちのダンスチーム同士の勢力争いから始まったライダー同士の戦いが、地球の存亡をかけた戦いにまでスケールが拡大する点と、絶体絶命の状況下でもそれぞれの信念を掲げてライダーたちがぶつかり合う点が、この作品独自の特徴だ。

「理由のない悪意」

作中で折に触れて登場するこの言葉は、「ヘルヘイムの森」の有り様そのものを指すと私は考えている。『仮面ライダー図鑑』においては、「世界を蝕む一方で、そこに住まう生物に新たな種族への進化をもたらす役目も担っていた。」と説明されている★4。物言わぬ植物によって粛々と世界が侵食されていく有り様はとても不気味な光景だろう。

『鎧武』において戦うべき最大の敵となるのがこのヘルヘイムの森の脅威なのだが、アニメ『魔法少女まどか☆マギカ』(2011)などでも脚本を担当した、『鎧武』のメインライターの虚淵玄氏は、製作当初、東日本大震災からそれほど月日が経過していなかったことから、「明確な組織ではなく、自然災害的な形のない悪意が敵」★5、「子どもたちが恐がるのは、やはり自然災害だろうと。町がいきなり瓦礫になってしまう、世界が終わってしまう、それが現在進行形で起こっているってことが恐怖なんじゃないかなって。」★6と語っている。

自然災害はいつでも、どこでも起こり得る普遍的かつ理不尽な脅威であり、だからこそ世代を問わず恐怖を感じずにはいられない。『鎧武』が制作された2013年当時、それは東日本大震災の記憶だっただろうが、2020年になり、それは深刻な異常気象であり、コロナ禍であると言えるだろう。人間は自然災害が起こるたびに、「理由のない悪意」のように見えるそれらの災厄に立ち向かい、乗り越えようとしてきた。作中のアーマードライダーたちが理不尽なヘルヘイムの脅威=「理由のない悪意」に立ち向かおうとする姿勢は、こうした自然災害の対峙せざるを得ない人類、そして現在の私たち自身と重なるため、視聴者は彼らに共感すると同時に、「ヒーロー」のロールモデルとしての意味が際立つのではないかと、私は考えている。2021年の私たちの状況が示すのは、私たちはこの「理由のない悪意」であるかのように見える災厄を、大なり小なり背景に生きていく以外ないということだろう。自然災害への不安を前提に、個々人はどう生きるのかが問われており、その問いを『鎧武』は引き受けているように見える。

大人になり切れない子どもたちの「変身」

じわじわと侵食してくる「理由のない悪意」に満ちた世界で、ある者は大人になりきれずに苦しんでいる。『鎧武』の主人公である紘汰は「大人になり切れない子ども」の代表だと言える。彼は、一人前の大人に「変身」したいという思いを抱きながらも、燻ったまま暮らしていた。そんな彼の前に、「大人」として、ヘルヘイムの森の謎を解明しようとする「ユグドラシル・コーポレーション」が立ちふさがる。彼らが進める、ヘルヘイムの脅威による人類滅亡を回避するための計画「プロジェクト・アーク」は、70億人の人類のうち60億人を見殺しにし、選ばれた10億人だけが確実に生き残れるようにする、という多数の犠牲を当然とするものであった。その計画を知った紘汰は、計画のスタンスに強い疑問と激しい怒りを抱く。しかし自分が初めて倒した敵怪人・ビャッコインベスの正体が、ヘルヘイムの森に実る果実を食べて★7異形の姿に変わり果てた友人・裕也だったことを知り、自分も知らず知らずのうちに「プロジェクト・アーク」の想定通り、生き残るべき人類の選別に加担してしまっていたことに気付く。その葛藤の結果、紘汰は、「ユグドラシル・コーポレーション」へ乗り込み、攻撃を仕掛けることになった。感情に振り回される紘汰の姿は、共感こそできるものの「プロジェクト・アーク」に比べると合理的とは言えない。「ユグドラシル・コーポレーション」襲撃は、大人になり切れない子どもとしての紘汰の性格がよくわかるエピソードになっている。

また、紘汰を慕いながらも、戦いの中で紘汰と考えが合わなくなり、離反の道を選ぶ呉島光実(くれしま・みつざね)もまた、「大人になり切れない子ども」を代表していると言えるだろう。彼も紘汰同様に、兄である呉島貴虎(くれしま・たかとら)の所属する「ユグドラシル・コーポレーション」の思惑を知ってしまう。それ以来、だんだんと「自分に都合のいい居場所を作る」という目的のためには卑怯な手段もいとわない非情な一面を見せるようになる。そうした性格を知った周りの人々から言動を忠告・侮蔑されても、その態度を改めることはなく、むしろ感情的に逆上する姿を見せた。

そんな彼は、最終的に「ユグドラシル・コーポレーション」で中心人物として「ヘルヘイムの森」の研究を進めていた研究員・戦極凌馬(せんごく・りょうま)に

「嘘つき、卑怯者……そういう悪い子どもこそ、本当に悪い大人の格好の餌食になるからさ!」

と殴り飛ばされ、光実が最も守りたかった想い人の高司舞(たかつかさ・まい)も失ってしまう。自分の過ちを認めることができないまま、独りよがりな態度を取り続けた彼もまた、大人ぶってはいても、そうなり切れない子どものままの人間だったと言える。

しかし、そんな子どもたちもまた立派に「変身」することが、『鎧武』の中では描かれている。熾烈で理不尽な戦いの中でも優しさを忘れず、世界の残酷さに直面しながらもそれを受け入れて進むということを選んだ紘汰は、光実のこれまでの非情な言動を許し、「弱者が踏みにじられない」理想の世界を創造するために今の世界を滅ぼそうとする戒斗との死闘の末に、「一から新しい世界を創り出す」という結論に至り、舞とともにすべてのヘルヘイムの植物・インベスを引き連れて別の惑星へ旅立つことになる。

一方、深い後悔と絶望から立ち直ろうとしていた光実は、ヘルヘイム消滅後の復興活動を手伝うことを選ぶ。

「たしかにあの人はヒーローだった。でも、もう紘汰さんはいない。だから僕たちがヒーローにならなきゃいけないんだ! 変身!」

罪を償う覚悟を決めたことで、光実は笑顔を取り戻すことができた。大人になり切れない子どもたちが理不尽に立ち向かい、「変身」する過程は、2020年代を生きる20代の私たちにも、自分を変え、現状を打破する勇気を与え続けている。

「大人」もまた「変身」する

その一方で、『鎧武』には「変身」する大人も存在する。それが、ユグドラシル・コーポレーションの主任で光実の兄でもある呉島貴虎だ。彼は「ノブレス・オブリージュ」★8の理念に基づいて、強い責任感を持ってプロジェクト・アークを遂行しようとしていた。しかし、ある時、「『オーバーロードインベス』★9に人類を守ってもらうよう交渉する」という、人類を救う別の選択肢があることを知り、紘汰との協力を約束する。ところが、すでにオーバーロードインベスについて独自に研究を進めていた凌馬★10に排除され、同時に、道を踏み外してしまった弟・光実の過ちを正そうとするも反撃を受けてしまう。海に落ちて救助され、意識を失っている間、貴虎は夢の中で紘汰と再会し、このようなエールを受け取る。

「変身だよ! 貴虎、今の自分が許せないなら、新しい自分に変わればいい。」

このメッセージを紘汰から受け取り、意識を取り戻した貴虎は、光実とともにヘルヘイム消滅後の復興に励むことを選択する。

前述の光実のエピソードと合わせてもわかるように、『鎧武』における「変身」は、単なる特撮ヒーローものの設定である物理的な「変身」だけではなく、自分の内面の大きな変化をも示している。実際、現実を振り返るとき、大きな過ちを犯してしまった時には、それですべてを終わりにしようするのでも、うやむやにして責任を放棄するのでもなく、そこからどう変化し、どのような言動をしていくかが最も重要だと私は思う。だからこそ、『鎧武』のなかで登場するキャラクターがそれぞれ自分の過去に葛藤しながらも、責任から逃げずに自分で答えを探し、新しい自分になろうとする姿が、視聴者の胸を打つのだろう。

このような『鎧武』の世界観のなかでは、自分の行いを開き直り、責任に向き合おうとしない大人こそが最大の悪役として設定されている。それが戦極凌馬だ。自らの並外れた才能と研究成果だけに価値を認める彼は、人類の救済より、「自分の研究で人間を神の領域へ引き上げる」という理想を優先する。戦極は、自分の研究のためならば、周りがどれだけ不利益を被っても、他人を裏切ったりだましたりしても、「全部私のせいだ!」と笑って済まし、自らが「悪い大人」であることも認めたうえで開き直っている。そして最後に自らが敗北するに至っても、そのまま何の責任も取らず生涯を終えている。メインライターの虚淵氏自身が「『鎧武』の中で、一番の悪」と語る戦極凌馬は、「自分の責任に向き合い、反省しながら進む」、内面の「変身」を遂げたキャラクターたちとまったく正反対のヴィランであり、その姿は現実の日本社会でもあまりにも既視感がある言えるだろう。

世界は理不尽だけれど

私たちが生きる現実の世界では、ある日突然アーマードライダーのような強大な力を持つことはもちろんできない。それでも、自然災害のような「理由のない悪意」は理不尽に襲い掛かってくるし、恐怖や不安のなかで新しい自分に変わることを迫られるタイミングが誰にでもやって来る。そんなどうしようもない現実を突きつけながらも、『鎧武』のヒーローたちは戦いを通して、子どもも大人も自分の心の在り方次第で「変身」できるという可能性を示してくれた。

「この力、君はどう使う!」

2021年の長引くコロナ禍のなかで、番組のキャッチコピーであるこの問いかけは、子どもだけでなく、私たち若者、そして大人にも強く響くはずだ。

★1──参考=https://toy.bandai.co.jp/series/rider/csm/

★2──参考=https://realsound.jp/movie/2019/03/post-325525.html

★3──『鎧武』において、仮面ライダーはこの名前で呼ばれる

★4──引用元=「用語辞典 | 仮面ライダー図鑑 | 東映 - 仮面ライダーWeb」

★5──引用元=『仮面ライダー鎧武 超全集』(小学館、2014)132頁

★6──引用元=『仮面ライダー鎧武 超全集』(小学館、2014)133頁

★7──ヘルヘイムの森に実る果実は、強烈な食欲を誘発するが、欲望のままに食べてしまうと「インベス」という怪人に変化してしまい、元に戻れなくなる

★8──高貴なる者には背負うべき責任がある、という教え。(引用元=「用語辞典 | 仮面ライダー図鑑 | 東映 - 仮面ライダーWeb」

★9──「インベス」より上位の怪人。人語を理解するほどの高い知能と、自らの武器を巧みに操る戦闘力を持つ。「ヘルヘイムの森」の植物をコントロールすることができる

★10──凌馬が独自に進めていた研究は「プロジェクト・アーク」の目標にそぐわないため、それが上層部に発覚して自分の目的が果たせなくなってしまうことを危惧した行動

上記URL先はいずれも2021年9月19日時点の情報を参照した

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執筆者 |
木々海々
(ききかいかい)

水瓶座。いろいろなエンタメをつまみ食いしている。座右の銘は「共感より共存だ」。

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