R.I.P. ヴァージル・アブロー
多様性は現代の考え方や生き方の鍵であり、マーケティングの対象としてではないというメッセージを込めている。
#Virgil Abloh #Off-White #アート
culture
2021/12/18
執筆者 |
眞鍋ヨセフ

24歳。elabo youth編集長、Kendrick Lamarを敬愛するHiphopオタク。映画、アート鑑賞、読書が趣味。

 人気ブランド「Off-White」の創設者であり、「ルイ・ヴィトン」のメンズ・アーティスティック・ディレクターでもあるヴァージル・アブロー(Virgil Abloh)が11月28日に亡くなった。心臓血管肉腫という稀な心臓のがんが原因で、2年にわたる非公表の闘病生活の末の出来事だった。

彼の名前や経歴はファンならずとも、ファッションやアート、ヒップホップを好む人であれば、一度は耳にしたことはあるだろう。11月29日の日本のTwitterトレンドにもヴァージル・アブローの名が登場し、彼を知る人物がトレンドに上がるほどにはこの日本にも存在していると知って、私は少し嬉しくなった。

1980年、イリノイ州ロックフォードで生まれたアブローは、建築学の修士であり、デザイナーとしては異例の経歴を持っている。彼がファッション業界に進出するきっかけとなった2009年の「FENDI」のインターンには、大学院時代に出会ったカニエ・ウェストが共に参加していたことは有名な話である。その後、2012年にアブローは「PYREX Vision」を立ち上げ、2013年に同ブランドを「Off-White」へと名称変更した。

オフホワイトとは白と黒を格子状にした際に、中間部分に現れる陰影を表した言葉であり、そのブランドネームには

 

「ブラックとホワイトの間のグレーエリアをOFF-WHITEとして定義するブランド
Defining the grey area between black and white as the color OFF-WHITE™)」

という意味が込められている。「Off-White」の登場によって、ラグジュアリーストリートという新たなジャンルがファッションに持ち込まれたとされている。ヒップホップのみならず、ポップカルチャーにも傾倒していたアブローはストリートファッションを経て、2018年に「ルイ・ヴィトン」のメンズ・アーティスティック・ディレクターに就任した。黒人男性がフランスの大手メゾンブランドのディレクターに就任する事例は以前にもあったが、それが最大手の「ルイ・ヴィトン」であったこと、そしてアブローのファッション業界での異例な経歴を踏まえると革新的な出来事であった。

アブローの訃報を受け

 

彼の訃報を受けて、多くの著名人が追悼の意をSNS上で表明した。例えば、彼の盟友とも言えるカニエ・ウェストはインスタグラムの投稿を全て削除したうえで、Adeleの新曲「Easy On Me」をカバーし、彼を追悼するSunday serviceを行った。

 

・キム・カーダシアン

 

・ファレル・ウィリアムズ

 

・Kid Cudi

 

DONDAのクリエイティブ・ディレクターとしてアブローが早くから関わっていたカニエだけではなく、今年の4月10日のサタデー・ナイト・ライブで故カート・コバーンのワンピースをモチーフにした衣装をデザインしたKid Cudi、あるいはクルーであるASAP Mobぐるみでモデルとしても関わっていたA$AP Rockyなど、彼の交友関係は広い。さらに、アブローはこうしたネットワークのなかで、数多くのヒップホップアルバムのアートワークを手がけたこともよく知られている。


Kanye West 『808 & Heartbreak』(2008)

Kanye West 『Yeezus』(2013)

    


A$AP Rocky 『LONG.LIVE.A$AP』(2013)


Westside Gunn 『Pray for Paris』(2020)

アブローに対して抱く葛藤

アブローの追悼記事や彼のこれまでの功績をまとめた記事を目にしていくなかで、私は葛藤を覚えた。私の周りにはアートやアブローの思想には興味を持たないが、「Off-White」を着ることにステータスを感じるような人間もいる。その一方で、私は「Off-White」を買えないが、アーティストとしてのアブローの思想に共感し、彼の作品を楽しみにしていた人間だ。要するにアブローのアーティスティックな側面やデザインの素晴らしさを理解しつつも、それに付随するラグジュアリーな要素を両手を上げて受け入れられない自分に気がついてしまったのである。

アブローが創り上げたラグジュアリーストリートという潮流は間違いなく、現代のハイファッションにおいても主流になった。この潮流のなかで、ストリートファッションのみならず、マイノリティとされる文化が、サンプリングの源泉として盗用され「デザイン性」や「アート」という名目のために消費されてきた事実を忘れてはいけない。

同様の文脈で、近年、ハイブランドや名だたるメゾンブランドはそのデザインにおいて「文化盗用」が見られるとして批判の対象になっている★1。「文化盗用」(Cultural Appropriation)とは、ある文化の持つ何かを、他文化に属する人が自分のものとすることである。特に文化間においてパワーバランスが不均衡であり、支配的な立場の文化がそうではない文化から行った場合を指すことが多い。例えば最近だと写真家であり、ジャーナリストでもある都築響一は自身のメールマガジンの編集後記で、今冬の「バレンシアガ」と「グッチ」のコラボである「ザ・ハッカープロジェクト」を取り上げ、ストリートカルチャーに対する「文化盗用」を指摘し、これに批判的な意見を寄せた。

  (「バレンシアガ」と「グッチ」のコラボを着用するビヨンセ)

都築は「バレンシアガ」のデザイナーであるデナム・ヴァザリアの「VETEMON」時代のDHLシャツやIKEAのショッピングバッグそっくりの革製のバッグを例に出して、このように指摘する。

 

「ストリートで生まれたスタイルをハイファッションに取り込むことが(そしてそれに高い値段をつけることが)、いま世界を席巻する新資本主義へのアイロニカルなメッセージだという見方も成り立つ。でもそれはすごく小さな──20万円でIKEAそっくりのバッグを買えるような──ソサエティの中でしか通じない知的遊戯だ。」

       (1枚目の写真がIKEA、2枚目の写真が「バレンシアガ」)

都築はブランドを「最高の素材と技術で作られる優雅な夢の象徴」だとする自身の価値観を古いと認めつつも、「文化盗用」という批判を受ける昨今のハイブランドの最前線のあり方を「醜悪なスノビズム」として警鐘を鳴らす。都築の「文化盗用」の議論を踏まえた、消費性やブランド本来の有り方の変化に対する批判は説得力のあるものである。

 

その一方で、アブローのデザインに直接同じ批判を持ち込むことはできないとも考えられる。アブローが「ルイ・ヴィトン」のアーティスティック・ディレクターに就任したことは、同ブランドに黒人のストリートカルチャーの要素だけをもたらしたわけではない。アブローがこれまでのデザイナーと異なっていた点は、彼自身がインフルエンサーとしての影響力を「ルイ・ヴィトン」にもたらしたという点にある。

アブローが黒人コミュニティにもたらしたもの

この視点をアブローと切っても切り離せないヒップホップとの関連で考えてみたい。大手音楽・歌詞サイトGeniusで「Virgil」と検索をかけると、多くのリリックが出てくる。彼と親交の深かったカニエ、ドレイクから若手のJaden、Lil Tecca、亡くなったJuice WRLDに至るまで、「Virgil」の名前は「ルイ・ヴィトン」とセットで、あるいはその代名詞として使用されている。

ヒップホップのセルフボースト(リリックの中でのいわゆる自慢話)において、ハイブランドの名前は「高級車」や「いい女を手に入れる」といった表現と並んで、頻繁に用いられる。アブローがその他のハイブランドと並列に用いられていることは、デザインし、ブランドのアイコンとなったアブローという人物において、いわばブランドの身体化が行われていることを意味する。アブローの名前を用いてセルフボーストを行うことは、単なるブランドの服を持っている自慢ではなく、同じような出自の人間がブランドの代名詞になるまでに成功したという憧れと誇りも含むと解釈できる。

 

もう一点、アブローを評価するうえで重要な点はアートとの関連性にある。彼が「ルイ・ヴィトン」のアーティスティック・ディレクターに就任した際には、ストリートファッションとメゾンブランドの畑の違い、建築出身であるためにファッション教育の欠如を指摘する声もあった。また、「PYREX Vision」の作品である、「ラルフ・ローレン」のシャツにシルクスクリーンで「PYREX 23」とプリントしたシャツはその創造性を高く評価する声がありながらも、従来のストリートファッションの愛好家には評価されなかったという。

後に、アブローはこれをマルセル・デュシャンの《泉》をモチーフとした実験であったと主張している

Marcel Duchamp 『Fountain』(1917)  
Public domain, via Wikimedia Commons

ご存知のように、デュシャンはコンセプチュアル・アートおよび、レディメイド・アートのパイオニア的な存在である。デュシャンの「泉」は世に出た際に、アーティストの美の表現を単なる便器として受け入れられない人と、便器を「選択」する行為をアートとして評価する人に二分した。アブローの大胆な再構築とユーモアが、クチュールを製造するような伝統的なハイファッションだけではなく、ストリートファッションにまでも受け入れられなかったことはこれに重なる。アブローはデュシャンを援用することで、ファッション業界全体に隠された「保守性」があることを露わにしたのである。

 

アブロー自身がストリートカルチャーを出自とすることから、アブローのデザインに都築の「文化盗用」批判をそのまま持ち込むことはできない。しかし、作品の価格帯、サンプリングの高度な文脈のゆえに、「知的遊戯」を脱却できていないという指摘はありうるだろう。と同時に、過度の情報に否が応でも触れてしまう現代社会において、私たちは、ありとあらゆることにシンプルに理解できるメッセージ性や政治性を求め過ぎる結果、アブローがそこに込めた多義性を受け止めきれず、反射的な嫌悪感、違和感を抱いている可能性もある。

アブローが繋ごうとしたもの

実際アブローは、ここまで私が述べた違和感を自覚していたのではないか。2018年にアブローが行ったルイ・ヴィトンでのデビュー・ショーは多様性のメッセージを大きく打ち出したものであった。「Over the Rainbow」と名付けられたショーはPlayboi Carti、Steve Lacyといった若いアーティストを含む17人の黒人のランウェイから始まる印象的なものであり、これに対して、アブロー自身は以下のように述べている。

多様性は現代の考え方や生き方の鍵であり、マーケティングの対象としてではないというメッセージを込めている。(The message is that diversity is key to the modern way of thinking and living, and not as a marketing line)

彼がルイ・ヴィトンのアーティスティック・ディレクターに就任したのは、その実力への評価だけではなく、2017年にアメリカにトランプ政権が誕生して、社会の分断が指摘される時代に「多様性」というメッセージを打ち出すヴィトンの意図があったという指摘もある。そのような状況も理解したうえで、マーケティングの対象ではない、消費され尽くされない真の多様性の実現を、アブローは、アートに託していたのではないか。アブローが2018年に村上隆主宰のKaikai Kiki Galleryで個展「PAY PER VIEW」を開催した際に受けたインタビューには以下のような印象的な言葉がある。

アートそれ自体は、お金の交換なくして人々の意識を解放できるものだと思います。素晴らしいパワーのあるアートにはそれが可能だし、人々が自由にそれを見て、新たなことを知るに至る、ということもできる。

 

「パワーのあるアート」は境界を越える。その瞬間、分断され二極化した、貧富、格差、ハイカルチャーとサブカルチャーなどの事象が繋がる。その瞬間をアブローは次世代に分け隔てなく経験して欲しかったに違いない。

アブローが亡くなった日、彼のInstagramには以下のメッセージが投稿された。

「非常に献身的な父であり、夫、息子、兄弟、そして友人でもあった最愛の人、ヴァージル・アブローの逝去を発表することに私たちは大きな悲しみを感じています。彼は、愛する妻シャノン・アブロー、子供のロウ・アブローとグレイ・アブロー、姉のエドウィナ・アブロー、両親のニー&ユニス・アブロー、そして多くの親愛なる友人や同僚たちによって、これまでの人生を歩むことができました。

 

ヴァージルは2年以上にわたり、心臓血管肉腫という稀少で進行の速い癌と勇敢に闘ってきました。2019年に癌と診断されてから、彼は非公表でこの病気と闘うことを選び、多くの苦しい治療と並行して、ファッション、アート、カルチャーをまたがって、いくつかの重要な組織を指揮していました。

 

その間も、彼の仕事熱心さ、尽きない好奇心、そして楽観主義は決して揺らぐことはありませんでした。ヴァージルは、自身の技術への献身、そして他者のために扉を開き、アートやデザインにおける平等性を高めるための道筋を作るという使命感を原動力としていました。彼はよく、「私がすることはすべて、17歳の自分のためなんだ」と言っていました。それは彼自身が、アートが次世代にインスピレーションを与える力があると深く信じているからです。

皆様の彼への愛情と支援に感謝するとともに、ヴァージルの人生を悼み、祝福するために、プライバシーをご理解ください。   

 

ヴァージル・アブロー」(拙訳)

このメッセージを見るだけでも、彼のクリエイターとしての信念が理解できるように思われる。例えば、アブローは2020年に銃殺された若手ラッパーのPop Smokeを「Off-white」のファッションウィークに連れて行ったことで知られている。このエピソードからも、自身と同じような出自の若者をアートや最先端のファッションに触れさせることで、次世代を育てていくというアブローの意志がわかる。

アブローを追悼して、今、彼に何を求められているのかを考える。私の周りにいる「Off-White」の熱狂的なファンも、アブローが繋いだハイファッションとカルチャー、アートの導線上にいるし、彼らの在り方や消費性に違和感を感じる私もカルチャーに近い側の導線上にいる。アブローはそれらを繋ぎつつ、その線の細さ、消費される危うさをも知っていただろう。

 

私自身はアンビバレントなままでここに立ち、アートやファッションを愛し、それを商業的な意味だけではなく、次世代のために残そうとしたアブローの尊い意志に向き合い続けることはできる。アートの可能性を信じていたアブローが平和のうちに眠ることができるように。

★──CNNが取り上げた事例では、「サギング」と言われるヒップホップファッションをバレンシアガがサンプリングしたパンツが問題視されている。もともとは囚人がベルトを携帯できないことからズボンをずり下げていたことを指すこのスタイルはアメリカで黒人を犯罪と結びつける偏向されたイメージとしても利用されていた。ファッションと「文化盗用」の関係性については、以下の記事に詳しい。【https://www.vogue.co.jp/change/article/words-matter-cultural-appropriation

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2021/12/18
執筆者 |
眞鍋ヨセフ

24歳。elabo youth編集長、Kendrick Lamarを敬愛するHiphopオタク。映画、アート鑑賞、読書が趣味。

写真 | Myles Kalus Anak Jihem(via wikimedia commons)
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