「無害なペット」のような日本人像がそんなに悪くない理由 :平田康治さん(近代中国史)インタビュー
日本関係の授業は「日本は好きか嫌いか」って聞いたら、「好き」な人の方が圧倒的に多いんだけど、先ほど話題にしたような無害なアニメとゲームの国をイメージして「好き」と答えるわけです。それとは対照的に、中国関係の授業の場合は、学生の関心で言えば、政治や経済に関心を持っている人が多いですよね。
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2023/12/29
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平田 康治
(ひらた・こうじ)

愛知県出身。モナシュ大学専任講師(歴史学)。東京大学法学部卒業、東京大学及びブリストル大学大学院修士、スタンフォード大学PhD(歴史学)。専門は中国近現代史、国際関係史

Kawai:今日は欧米人にとっての日本というテーマについて、近代中国史がご専門で、私の母校モナシュ大学で日本近現代史についても授業をなさっている平田康治先生にお話を伺います。先生の授業はModern Japan: From Samurai to Pokemonというタイトルで、先生がどのような意図でこのような授業をなさっているのか、ぜひ伺ってみたいと思いました。まず最初に先生のご専門と授業の内容について伺っても良いでしょうか?



Hirata:私は一番メインの専門は中国近現代史、特に企業史と都市史なのですが、中国一国のみでなく他の国・地域との関係、とりわけ日本、ロシア、英国などとの関係についても関心を持って研究してきました。そのご縁もあって大学では中国史以外にも日本の歴史についても教えさせていただいています。

Kawai:ありがとうございます。そもそも私たちの編集部で話題になっていたことは、なぜ日本が国際的にこんなに害のないペットみたいな立ち位置になってしまったのかということでした。これは大学からオーストラリアに留学した私の実感でもあります。同じアジア系で比較しても、日本や韓国はペット扱いで、中国やインドの方が脅威として捉えられている印象が強いです。私の世代からすると、自分が生まれる以前の日本は自動車産業などの台頭で、現在の中国のように恐れられていたのではないかと想像するのですが、今はオーストラリアにいて全くそのような眼差しを感じないです。
 

Hirata: 今の中国と、80年90年の日本は、近いといえば近いけど、違うところもあると思います。当時アメリカにとって一番最先端の産業が自動車産業だったのですが、それは多分当時の感覚としては現在のテック業界みたいなものだったのだと思います。そういった意味では、自動車産業で台頭していった日本は、確かに欧米諸国、特にアメリカから経済的にライバル視されていた。ただし、当時の日本は軍事安全保障では完全にアメリカに依存していたので、そういう面では敵対してるわけではなかったのです。当時は、アメリカの評論家やジャーナリストにも、このままずっといけば、将来的には、日本が軍事的にも独立して脅威になる可能性が空想未来戦記のようなものを書く人はいたけれど、現実問題としては当時の日本の自衛隊なんて今以上に活動が制限されていたし、真剣な政策論議としてそういう可能性を考えていた人がそれほどいたとは思いません。要するに、アメリカにべったりだったんですよね。ですから、かつての日本と現在の中国については、似てる面もあれば、違う面もあると言えると思います。

 

Kawai: それで、今は、どちらかって言うと、任天堂とかPokemon とか、日本って言うと、愛玩対象のようなイメージになっているように感じるのですが、元々そういう傾向はあったんでしょうか?

 

Hirata: そういう要素は既にあったと思うんですよ。任天堂って、1980年代、90年代にはすでにあったわけだし。もっと前から、例えば、ハリウッド映画とか見ても、ちょっと奇妙でユニークな日本文化みたいなイメージは常にあったと思います。

ただ日本にはもう1つの重要なイメージがあって、第二次大戦中、あるいはもっと前の、どんどん外に侵略していく、ものすごい悪いイメージもあるわけです。とはいえ、ほとんどの国は、日本の悪い歴史を知ってるけれども、今の日本を見てそのイメージを一番最初に思い浮かべる人は、あんまりいないですよね。例えば、フィリピンでは、戦争の歴史に関連する博物館があり、そこでは日本が悪者だったことが実際に示されています。でも、今フィリピンの人に「日本が好きですか」と世論調査で聞いたら、それこそ90パーセントが好きですって答えるんですよね。なぜそうなったかというといろんな理由があって一概には言えないと思いますが、いずれにせよ「今の日本」に対しては、大半の国の平均的な人は全体的にポジティヴなイメージを持っています。「昔の日本」に対する負のイメージはもちろん今でも残っているけど、それと「今の日本」を直接結びつけるような見方は減ってきているんですね。

そして、「経済大国」というイメージは、戦後に出て来たんですね。戦前の日本って、軍事大国だし、アジアの国の中では豊かだけど、経済的には欧米と同じレベルではなかったんです。それが戦後の高度経済成長で大きく変わったんです。60年代と70年代の発展で、一人当たりGDPで欧米諸国との差が急速に縮まりました。この経済大国という日本にとって比較的新しい国際的地位は80年代と90年代にピークに達しましたが、その後下降してきたことは皆さんもご存知の通りです。現在でも、世界的にはまだ相対的に裕福な国ですが、いわゆる「先進国」の中では下の方になってきているというのは日本のメディアでも昨今よく議論されている通りです。

全体的に見て、今野日本は「小国」というわけではないんだけれど、軍事的に冒険的な政策を取る可能性のある問題児でもなく、世界経済を左右するほどの超大国でもないので、海外の普通の人は日本という国について気にしなくても生きていけると思います。

Kawai:日本人の国民性にも関連するかもしれません。海外での行動など、いろんなソフトパワーがあり、好かれる要素もあるかもしれませんね。

Hirata:そもそも日本人自体がそんなに海外にいないですしね。正直、特にオーストラリア人は、Kawaiさんや私のような、日本の両親のもとに生まれ、日本で育った日本人をそんなに知ってるわけじゃないですよね。数があんまりいないから。

Kawai:確かにそれはすごく言えてる。日本は妄想の中の国ですよね。

Hirata:そう、逆に言うと、妄想で、多分現実よりもポジティブに思われている部分もあると思います。

Kawai:あー、確かにそれ、めちゃくちゃあるな。

Hirata:日本の現実の社会は、健康なマジョリティ男性にとってはそこそこ住みやすい国だと思います。でも例えばジェンダー差別や民族的差別といった問題に関しては、欧米の基準で言うと、かなり「遅れ」をとっており、それは良いことではないですよね。でも中国や欧米の「日本好き」の若い人の話を聞くと、現代日本のそういう問題にはほとんど関心がなく、アニメや旅行を通じて得た過度にポジティブなイメージばかり持っている人が多い気がします。私なんかはそういう人と話すたびに、「この人、もし日本に何年か住んで現実の日本を深く知ったら結構幻滅して帰って来るのでは」と心の中で思ってしまうのですが。

Kawai:はい、そうですよね。そもそも日本人が少ないということで言えば、チャイナタウンがどこにでもあるのに対して、ジャパンタウンは欧米の都市部にあまり存在しないですよね。結局存在感なさ過ぎて「日本人」を嫌いようがないっていうのはありますよね。

Hirata:Kawaiさんは実際に大学で他の日本人に会いましたか?

Kawai:日本人の友達はいますが、やはり少ないです。日本人クラブとかに行くと、幹部の大半が日本人じゃないみたいな、他の人種・国籍のクラブではあり得ない事態が起こるような不思議さはあります。

 

Hirata:まあ、あんまり国の外に出る気にならないですもんね、日本にいると。海外には日本みたいなコンビニもないですし。

Kawai:ただ、最近は収入の差などがメディアなどで取り上げられ、海外永住者がかなり増えていますよね。日本だとアカデミックでPhDがあるのに、月収30万だとか。

Hirata:「月収30万」、日本の研究者の方がネットで強調してらっしゃいましたね。でも、オーストラリアで月収30万だったら貧困生活ですが、日本は生活費がだいぶ安いですから一概には比較できない気がします。それに月収30万といっても、聞くところによると日本の大学では正規の給与以外にも各種の手当などがあるし、ボーナスが年に2回ぐらい普通の給料以外にもらえたりするそうですし、そういうの全部足し合わせたら実際の年収はそんなに悪くないかもしれませんよ。研究者に関して言えば、日本の問題は、給料よりも研究する条件とか、例えば図書館だとか、あるいは研究する時間の確保だとか、そういう条件が年々まずい状況になってきていると日本の先生方から聞くので、そちらの方が問題なのではないかなと思います。私は日本の大学で働いた経験がないのであまり詳しくはないのですが。
 

Kawai:まあ、そうですね。やっぱり、日本の西欧先進諸国に比べて遅れている点について、独裁体制の国と大差ないような論じ方を左派がたまにするじゃないですか。日本だって人権ないぞみたいな感じで。

Hirata:まあ、日本よりも欧米の左派の方が結構そういう発言をしますね、自分の国について。

Kawai:それに関してはどう思いますか。

Hirata:それは正直、難しいところだと思います。リベラルのアイデンティティポリティクスは全体としては間違っているわけではない思うし、どれだけ自分の国でマイノリティが抑圧されてるかを強調したいというのは、気持ちとしてはわかるんですよね。でも、例えば日本でLGBRQで抑圧されてるという状況があったとしても、例えばLGBTについて公共の場で発言するのを法律で一切禁止している国も世界には結構あるので、そういうところと安易に比較してしまうのは別の危険があると思います。

Kawai:嫌がらせを毎日受けるのと、明日命があるかどうかわからないっていうのは、同じ問題ではないですよね。

Hirata:おっしゃる通りで、欧米の左派はそれを一緒くたに糾弾する方向に行っちゃうし、逆に保守と言われる人は、そもそもアイデンティティポリティクスは一切ダメっていう感じになっちゃうしで、どちらも問題がある気がします。

Kawai:二極化(polarization)が起きているなって思いますけど、なんでこうなってしまったんでしょうね。

Hirata:いや、それは私もわかりませんね。その問題は政治学や社会学の専門家に委ねるべきです。私は歴史学者なので分かりません。ただ、結局大抵の人間ってのはみんな忙しいわけですよ。普通に仕事して家事やっていれば、複雑な現代社会で起こっている多くの主要な問題について細かい知識を信頼できる媒体から学ぶ時間などというのは無いわけです。その上で、多くの人は世の中の殆どの問題について、正直 イエスかノーでしか考えない部分が多いわけですよね。あるいは、自分たちがそのグループに賛成かどうかっていうところで判断してしまう。特にインターネットのせいかもしれないけど、みんな同じような意見を持つ人たちの中でしか交流がないから、アメリカのDemocrat とRepublicanとかの典型だと思うんですけど、少しでも各グループを代表する意見から外れると、「お前そっちかよ」って話になっちゃうし、大変ですよね。

Kawai:最初のテーマに戻りたいと思うのですが、あえて乱暴な言い方をすると、平田先生は日本はなめられてると思います?欧米の白人の方々から、日本人って無害でしょみたいな。

Hirata:それは、アニメとかでしか日本人のこと知らないからですよ。逆に言うと、それは日本の方の問題なのかもしれません。アニメだと例えば、女性の描き方とか現実離れしてると指摘されたりしますよね。海外在住の日本発コンテンツの消費者が勘違いしてしまうのも無理はないという気もします。

Kawai:先生の授業ではオーストラリアの学生にどのような仕方で日本について教えているのですか?

 

Hirata:割と普通の日本史だったんですよ、最初は。だけど、それだと学生があまり興味を持ってくれないので、最近はアニメの中身を入れてみたりとかしています。中国関係の授業と、日本関係の授業では学生の関心の持ち方が全然違いますので。日本関係の授業は「日本は好きか嫌いか」って聞いたら、「好き」な人の方が圧倒的に多いんだけど、先ほど話題にしたような無害なアニメとゲームの国をイメージして「好き」と答えるわけです。それとは対照的に、中国関係の授業の場合は、学生の関心で言えば、政治や経済に関心を持っている人が多いですよね。

Kawai:先生とぜひ愛玩対象としての日本についてお話したかったのは、私自身の経験の中ではその傾向がオーストラリアが1番顕著だったっていうのがありました。ヨーロッパやアメリカ以上に個人的には顕著だと思いました。例えば、オーストラリア人の子に、私が日本出身だというと、高校で日本語習ったって言うんですよ。本当に驚きました。

 

Hirata:オーストラリアの学校で日本語を習う割合は、圧倒的に、ヨーロッパやアメリカよりも多いですね。

Kawai:それで不思議だなあと。

Hirata:正直、日本と言えばアニメだゲームだってなるのは、別にアメリカとかヨーロッパでも、そんなに変わらないと思います。

先ほど言った関心の持ち方の違いであって、やっぱり韓国語とか日本語ってのは、Monash大学ではものすごい人気なんですよ。 だけど、韓国の歴史とか、日本の政治とか、そういう授業ってあんまりないんですよ。やはり、日本語学んでアニメを見たいとか、韓国語でK-pop理解したいとか、そういう関心の持ち方をする学生さんが多いので。だから、韓国政治について深い理解をしたいとか、日本の歴史に興味がある人はほとんどいない。一方で中国語の授業というのは日本語や韓国語に比べて選択者が少ないんです。 だけど、中国の歴史とか政治の授業を取る学生は韓国史や日本政治のクラスを選択する学生よりもいっぱいいるんですね。ソフトパワーとハードパワーで言えば、日本や韓国はやっぱりソフトパワーの方が強いわけです。でも、中国ってのは逆にソフトパワーよりもハードパワーの方があるわけですよ。経済的にも強いし、軍事的にも強いしっていう。

Kawai:そうですよね、あと、アジアの国は国内の多様性などは無視して全部一緒くたにされますね。

Hirata:アジアに関しては個人というよりは、国ごとに、あるいは集団ごとに全部一緒にされる傾向がかなり強いですよね。例えば、各国の政治指導者をどれだけ個人として認識しているかという問題があります。フランスのマクロン大統領とか、ドイツのメルケル元首相とか、そういう人はオーストラリアでもみんな知ってるじゃないですか。でも日本や中国含むアジアの政治家って、ものすごく知名度低いですよね。例外的に習近平国家主席は最近はみんな知ってますが、それ以外は誰も知らないですよね。岸田首相を知っている学生が、Monash大学にどれくらいいるでしょうか。

Norika:自分の知り合いでも1人しか思いつかない。100人いたらそのうち一人くらいですかね。

Hirata:でもピカチュウやBTSはほぼ100%の学生が知っているわけですよね。欧米人にとって日本はアニメとゲームの国、韓国はK-popの国なんです。だから、日本がなめられてるっていうのはその通りなんだけど、じゃあ逆に仮に日本が今のロシアみたいな扱われ方を欧米のメディアにされたら嬉しいかっていうと絶対嬉しくないですよね。

Kawai:絶対嬉しくないですね。他国にどう扱われたいかって考えたら、確かに今の日本の扱われ方の方がいいということになるんですね。

Hirata:でしょ。だって、北朝鮮はどう考えても1ミリも「なめられてない」国なのですが、そういう国のように扱われたいと願っている日本人はあまり多くはないでしょう。だから、日本は確かになめられてるし、無害っていうイメージだけど、正直「それでいいんじゃないか」って思います。

Kawai:確かに。無害であることをむしろ活用できればいいのかもしれないですね。ただし、実際に人種間の隔たりはあるし、明らかに下に見られている時など、白人社会に住んでいてその厳しさを実際に目の当たりにしているところは否めないので、本当に難しい問題だとは思います。アジア人と欧米人が平等に互いに認め合う理想からは、今の時点では程遠いと思いますが、それに関してはソフト面でも、もう少しリスペクトを強く気にしたりだとか、個々人でも努力できることがあるとも思いました。今日は本当にありがとうございました。

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2023/12/29
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平田 康治
(ひらた・こうじ)

愛知県出身。モナシュ大学専任講師(歴史学)。東京大学法学部卒業、東京大学及びブリストル大学大学院修士、スタンフォード大学PhD(歴史学)。専門は中国近現代史、国際関係史

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Erie Kawai

2001年生まれ。国際バカロレア取得後、モナシュ大学に在籍し、政治とメディア学を同時専攻する。日々海外のメディアや大学の授業を通して、日本と海外の視点の違いに注目しながら社会問題を扱う。

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